2020/06/10,Wed.

現実の風景ってなんかウソくさいような気がする。

現実をそのまま絵画に写しとったら出来の悪いCGみたいに見えるんじゃないかな

 

 

 

自分の思考や行動のどこまでが自分でコントロールできている部分でどこからが無意識の領域から上がってくるものなんだろう

怖い

2020/06/03,Wed.

聲の形』原作漫画を読み返しアニメ映画も観た。

原作も良いけれど、映画版は何度見ても素晴らしいと思う。

技術面や構図、カメラワークが参考になるのはもちろんのこと、内容の構成の仕方である。

絵柄や大筋のストーリーで原作を踏襲しつつ、内容は完全に分解再構築換骨奪胎されて別のものになっている。

映画版と原作どちらも一度ずつしか触れていなかったとき、私はどちらも"同じ"話だと思った。二回目に、これらは全く違うものを表現しているのだと気づいた。

またいつか感じ方は変わるかもしれないが、今の時点での解釈を記録しておこうと思う。

 

原作では、いじめを主題として、人と人とが言葉や態度で伝え合えないこと、わかりあえないこと、それぞれのバックグラウンドや無意識の領域から生じる何か得体の知れないものを表現しているのだと思う。

それに対して映画版が表現しているのは、それぞれの立場や視点によって、同じものを見ているようでも見えているものは全く違うのだということではないだろうか。

原作ではそれぞれの登場人物の内側にあるものがいじめを生んでいるが、映画のはじまり部分ではあるひとつながりの状況のなかでいじめという関係が形作られてゆく様子が描かれている。映画版はいじめをテーマとしているのではなく、人間関係の一つの形としてのいじめを描いているのだ。

前提だけでこんなに違うのだから後半(というかメイン)の描かれ方もかけ離れてくる。原作は主人公に(あるいは何人かの登場人物に)寄り添い主人公の(彼らの)心のための物語として語られるが、映画では主人公と外界との関係性、他の登場人物たち同士の関係性として表現されていると思う。

 

 

 

てか映画版の植野さん、なんて健気なの。なんてかわいいの。

さすが京アニ山田尚子

独白を極力用いずちょっとした表情や仕草で感情を伝えたりなど、アニメーションだからこそできる表現をてんこ盛りにしているあたりも。

 

 

 

 

2020/05/30,Sat.

ガラスの向こうの青さを湛えた世界を眺めながら、息苦しさに倒れそうだった。

自動ドアを抜ければ、朝露に濡れた緑の澄んだ香をはらんだ冷たく清潔な空気に満たされるというのに。

 

 

朝6時から11時までバイト。

頭が痛くて、痛くて、痛くて、泣きそうになりながらロボットのように仕事をこなした。

人間になるためにはバイトを簡単に辞めたりしてはいけない。

人間になりたい。

 

 

午後、月曜5限のドイツ語の復習。この授業は当たり。内容が濃く、進度も速く、しかもわかりやすい。

 

語学の勉強は好き。

システムを知るのが好きだから。

仕組みを理解していくのが好きだから。

私はたぶん芸術家には向いていない。私が持っているのは世界に対する底抜けの好奇心ばかりで、仕組みの中で何かを運用したり仕組みを創り出したりしようという気は起きないのだ。

 

 

 

 

高校生のとき予備校の数学の先生が言った、

数学、文学、哲学と音楽が、世界という馬車をはこぶ4つの車輪だと

 

 

 

 

2020/05/28,Thu.

朝6時から10時までバイト。

新しいシステムをおぼえる楽しさも半月もやっているともうない。

突然、嫌で嫌でたまらなくなってしまった。

 

コンビニ人間』を読む。読まなければよかった。

ブンガクって何?

 

昼過ぎに猛烈な眠気に襲われ眠ってしまう。

午後の授業をひとつも受けられなかった。

目が覚めたら8時頃。

 

ウンベルト・エーコ『完全言語の探究』を読み始めるが、今日が締め切りの課題があったことを思い出しそちらをやる。

睡眠のおかげか頭が冴えている。

 

とてつもない孤独感が訪れて、Kさんに会いたいとメール。今週は焼肉会議があるからだめと言われる。先週会ったばかりだし現実に会う約束を取り付けたかったわけではないけれどちょっと泣きたくなった。

 

最近また頭痛がひどくなっている。

遠隔授業でずっと端末を見ているせいもあるかもしれないが。

 

喉の奥から虚無が広がって全身を飲み込む。

沼の底に沈む。

息ができない。臭い泥水を飲み込んで咽せる。

眼球から毒が染み込み頭の天辺を通って爪先に流れ込む。