2018年3月16日(金)

少し鬱になってきた。調子に乗りすぎないようにしなければ。

 

今の私を成り立たせているものを人に説明するのは難しい。

欲しい本は買うこと。触れたいものには触れること。身近にたくさんの追いつけない目標がいること。

私たちのような意味では本を欲しいと思わない人はたくさんいるし、時間やお金や情報の制約で触れたいものに思うように触れられない人、圧倒的なものを見たとき自分もそうなりたいとは思わずに打ちひしがれてしまう人も多い。

 

私が世界を見、感じてきたやり方を人に伝えることは難しい。

私は長いこと世界の美しさに向かって茫然と立ち尽くすことしかできなかった。でも、そんな感じ方はただ精神の疾患によるものなのだ。普通に日常の生活が送れる人には、そんな風に世界を感じるはない。世界に恐怖するはない。

口から出る言葉で私の病的な視点を説明できるでしょうか。何の不安も抱かず日常の生活が送れる後進に、せがまれて私の病的な感覚を共有できるでしょうか。何か尋ねられるたびに泣きだしそうになる。だってそんなに簡単なことじゃない。この感性を持つということはつねに世界から感覚的な攻撃を受け続けるということなのだ。その苦しみをどうやっても伝えることができないから人には、何年もチャラチャラ遊んで暮らして色んなものに触れてきたから今の私があるんです、と言うしかない。